いつの間にかロシアに来てから一ヶ月以上が経っていた。時間の流れは速いものだなと思う。以下よりこの一ヶ月であったことを思い返して書いていく。

まず一周間目は大学への入学手続きや入寮手続きに奔走していた。ロシアに無事生きて来れたはいいが、これから授業を受けたり大学に登録するためにどこで何をすればいいか全くわからない。誰に頼ればいいかも分からない。というのも、筑波大学からモスクワ国立大学に留学に来たのは私しかいないからだ。これから私は一年間このまま授業も受けずに放浪の民として過ごすのだろうか…。そんな絶望的な状況の中、寮の隣の部屋の方が最初にどこに行けばいいか教えてくださった。教えられた所に行ってみると、おばさんにロシア語で何か言われ、とりあえず何かの手続きが一つ終わり、次は〇〇へ行けと言われ、言われるがままに次の所へ行く。そこに行くとまた何か手続きがなされ、次は〇〇へ行けと言われ…の繰り返しで、まるでリアルRPGだった。また、クラス分けテストの後〇〇時にどこどこに来いと言われたのだが、行ってから約2時間半待った。こうしてロシアの洗礼を思いきり浴びて、私の留学生活は始まった。

ロシア語の授業はクラス分けテストの結果別に分かれており、私のクラスは私含め6人の生徒で構成されている。今までの授業の中で、「これはまずかったな」と反省していることが一つある。その日の授業は、それぞれが自分の国の偉人を紹介するという内容だった。私は世界史は大好きなのだが日本史にはあまり詳しくないため、「とりあえず織田信長・豊臣秀吉・徳川家康のうちの誰かにするか」と思い、特に何も考えずに豊臣秀吉を選んで紹介した。すると、秀吉の名前を口にした瞬間、同じクラスの韓国人の子たちが少しざわっとなった。一瞬なぜなのかと考えたが、すぐに分かった。豊臣秀吉は朝鮮への出兵を行った人物だからである。私は自分の無知と不注意故に人を傷つけてしまったのだ。留学前に、色々な人の留学体験談を読んでいてよく「自国の文化や歴史を理解することの重要性に気が付いた」といったような言葉を見かけたが、その時の私にとってはそれが留学体験談の常套句のように思われてあまり心にぐっと来なかった。しかし実際に外国で生活してみると、そのことを日々痛いほどに感じるのである。例えば、日本語を学んでいるロシア人に日本語の単語について説明しようとしているときもそうだ。

また私は、「自分が日本人であること」とはどういうことなのかをこの一カ月間で考えさせられた。きっかけは、国際フォーラムに参加するために日本の代表団の一員としてモンゴルの北に位置するトゥヴァ共和国を訪れたことだった。トゥヴァでは日本人は珍しいらしく、現地の学生との交流会のはじめの方にはハリウッドスターを囲むがごとく我々の周りに人が群がった。しかし私はかなり緊張していた上にロシア語能力が未熟なので、あまり興味深い話ができなかった。最初は皆興味津々だったが、群がっている人が減っていくのを見ると「私は日本人だからという理由でこんなにも興味を持たれているが、一人間として私は果たして興味深い人間なのだろうか?日本人であるということ、〇〇人であるということは人間の基本的価値に影響するのだろうか?」と考えさせられた。

最後に、私の一番好きなロシア語の単語を紹介したい。それはナロード(народ)である。売店の不愛想なおばさんも、黒のロングコートを着た強そうなおじさんおばさんも、ロシア美女も、ロシア文学の中の登場人物も、皆ロシアの「ナロード」だと思うと、途端に愛しく思えるのである。まだ一ヶ月しか経っていないが、時の流れはあなどれない。残された時間で、ロシアでたくさんのことを学んでいきたいと思う。

 

narod

 

Share on FacebookTweet about this on TwitterShare on VKPrint this page