ここに100万円があると仮定します。

持ち主はとある老人です。

その老人はお金には困っておらず、
特別に何かをほしいという物欲もありません。

ただ、そのお金が世のため、人のためになればいいと
切に願っているとしましょう。

さて、その老人は考えました。

ー使い道、その1。寄付をする。

現在でも1日にワクチンがあれば落とすことのなかった小さな命が
4000人分奪われています。

ワクチンの値は1人分7〜175円です。
認定NPO 法人 JCV による)

 

 

 

ー使い道、その2 。若者に託す。

いわゆる奨学金です。
この「託す」とは一体どういうことでしょうか。

この老人は使い道その1に従えば、
ワクチン1人分100円としても1万人、
1人分20円として5万人もの命を救うことができたはずです。

しかしながら、それは残酷にも一時的なものです。

ワクチンはそれぞれ対ウイルスの種類は決まっており
(はしか用、ポリオ用など)、1本打ったからと言って大丈夫

というものではなく、その国の衛生状況、もっと言えば

その国の政治状況に左右されます。

例えば、政府によるODAの資金が対象国に渡ったものの
腐敗した政治、政治家が私腹を肥やすのに使うという現実は
よくあることです。

そして、単純に100万円という金額は少ないです。

だからといって、無意味というわけではありません。

しかし、この老人は考えました。

もし、この100万円という価値が、
現金でという形に縛られず、その何倍もの価値になれば。

仮に、先見性に長け、勤勉で、国際情勢に通じ、
過酷な状況下でも負けることなく、正義を貫く気概を持ち、

なにより志同じくよりよい社会のために生きることを望む若者がいれば、

きっとこの100万円の、彼、彼女への投資は将来
その何倍もの図りし得ないリターンとして社会に還元される。

 

 

 

仮説が長くなってしまいましたが、いかがでしょうか。

思うに、これが奨学金を受けるということ、また同時に
奨学金の獲得の仕方です。

他にも様々な使い道はあるでしょうが、本レポートの趣旨は上記で
十分だと判断のもと、ここでは割愛させていただきます。

 

先日、イギリスへの観光途中、
何気なくオックスフォード大学を訪れました。

本当に、何気なく、偶然に。

そこで、愕然としました。

その学生らを前にした時、
「何をやっても勝てない。たとえ、ズルを図っても通用しない」と臆しました。

目が違った。面構えが違った。揃いも揃って。

毎日戦っている。そんな感じであった。

 

世界で働くということは、そんなに容易なことではない。
ましてや、世界に貢献したいというのは、真剣に生きている者のみ
初めて口にだせるものではないのか。

 

そう感じました。

 

My word is my bond.

 

この言葉は世界金融の中心地ロンドンの「シティ」に根付く
言葉です。意味は「私の言葉が我が証書」。口頭取引で
何億もの金が移動する金融世界。電話でのオペレートで
株を注文したとして、あとでその株価が下がったからと言って、
あるいは取引文章に納得して、あとで不利があると知ったからと言って

やっぱりなし

というのはご法度。ビジネスに取って信頼関係が命。

つまり、一度口にしたことを嘘にしてはいけない。
それが、ジェントルマンの掟。
実は、ぼくは007が好きで、何を隠そう
この度の新作を本場で見るためだけに
イギリスに行きました。

そこで出会った言葉とその精神、
オックスフォードという地と彼ら学生。

ぼくもBondのように、彼らのように

堂々とかっこ良く生きたい。

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